第11回 『デイジーのこと、その2』

 9年ぶりのソロアルバムのレコーディングは、9年前と同じくとろける様な残暑に、我が家「湾岸スタジオ」 にて行われた。ベーシックな打ち込みデータは予め作ってあったので、細かい微調整や音色選びに充分時間を 費やすことが出来た。
予算の関係もあるがシンセオペレーターは一切頼まず、完全にたった一人の打ち込み作業。
パーソナルな作業エリアでは、一人の方がリラックスして集中できる。

お手伝い願ったミュージシャンの面々も、気心の知れた信頼できる音楽家達だが、やはり一筋縄ではいかない 猛者達。私の予想をはるかに超えた素晴しい演奏に心の興奮が醒めず、なかなか寝付けなかった夜もある。
エンジニアもやはり9年前と同じ、原口宏君。彼のミックスは一種独特の、強い緊張を生み出す。
ミックスの期間中スタジオは、誰のものでもない彼だけの世界となり、周りには目に見えない結界が張られて しまうのだ。
私は彼のミックスがとても好きだ。  

 アルバムは無事完成し、発売を記念したインストアライブにて収録曲すべてに作者、つまり私の解説をつけた コメントペーパーが配られたが、「デイジー」には以下のような解説を寄せた。
『映画「2001年宇宙の旅」中で、コンピューター「ハル」が壊れる寸前に歌を歌います。「デイジー、デイジー」 という童謡のようなその歌の正体を理由あって追いかけているうちに、この曲が生まれてしまいました。
本当の「デイジー」の素性はわからずじまい。知ってる人、教えてください。』

 疑問に思うことは何でも一人で考えず、とにかく誰かに問うてみるものだ。
理由あって・・・などと不明瞭な言い分に対して、大変綿密に調べて下さった方がいる。
”静岡県のSHOKO”さん。
私のライブをよく見に来て下さる方だが、今年(99年)の5月のライブの際、お花と一緒にとても詳しく書かれた「デイジーに関するレポート」を受け取った。
大変興味深い内容なので、御本人の承諾を得て全文を転載することにした。
以下、「デイジー」レポ。




 1/30に配られた「Darie」に対するコメントペーパーにて触れられていた「デイジー」について、私も興味を持ったので調べてみました。もしかしたらもう判明しているかも知れませんが、今日ご報告できればな、と思って頑張って調べましたので、伝えさせて下さい。インターネットで楽譜も入手できましたので、ちょっと出力がうまくいかず端が切れてしまいましたが、同封致します。

「Daisy Bell」/ Harry Dacre  

Daisy, Daisy              
Give me your answer do        
I'm half crazy all for the love     
It won't be a stylish marriage     
I can't afford a carriage        
But you'll look sweet upon the seat  
Of a bicycle built for two       

デイジー、デイジー
どうか答えておくれ
僕は気が狂いそうなほど、この恋に夢中
お洒落な結婚式にはならないかもしれない
馬車をしたてるお金はないからね
でも君はきっと素敵だろう
二人乗り自転車に乗るその姿は

Dacre, Harry (possibly orig. Frank Dean, Henry Decker) Eng.
songwriter;wrote & composed song "Daisy Bell"
(also"A Bicycle Built for Two") 1892_1860-1922

作者はどうやらイギリスの人でこの曲は1892年の作品らしいですね。
この曲は漫画家の永野のりこさんが自作で使ったり、自分のCDで歌ったりしているそうです。また、「2001年宇宙の旅」については、#HAL9000が、その教育過程に於いて、開発者に記憶させられた歌。
イギリス民謡のスタイルを標榜した、この歌詞には、多くの暗喩が提示されているため、作詞・作曲はキューブリック自身とも、アレックス・ノース(作曲)とも言われているが、現在のところ不詳。もちろん、歌は、HAL9000こと、ダグラス・レインが歌っている。

その暗喩とは、以下の通り。

 1.歌詞の暗喩

「どうか答えておくれ」は、人間とのコミュニケーションを、「ぼくは気が狂いそう」は、 正にそのストーリー通りの言動、「二人乗り自転車に乗るその姿」は、自我に目覚めたHALの『夢』を、それぞれ意味していると解釈できる。

 2.「デイジー」とデイジー(雛菊)

デイジー(雛菊)の語源は、"Day's eye"、則ち『太陽の目』であり、舞台となった太陽系を意味しつつ、HAL9000の赤い眼(インジケーター)を暗喩している。
また、デイジー(雛菊)の花言葉は『無意識』、本来無意識のはずのコンピューターに意識=自我が生まれ出ずることを示唆、そして、デイジー(雛菊)の俗語の『すばらしいもの』さえも、 この作品の意図を見事にバックアップしているようである。
  以上の暗喩を知人が教えてくれまして、この曲が劇中使用された理由も、「イギリスの文人たちが、最も愛した花こそがデイジーであり、キューブリック自身も、イギリス人に他ならない」からだと述べています。
(この時点ではまだ出典が不明であった為、【作詞作曲は不詳】となっています)

 1/30以降、デイジーの事を調べていた途中、突然のキューブリック監督の訃報に驚きました。 友人とも「何だか暗示的だったね」と話し合ったりしたものです。折しもコンピューターの2000年問題が取り沙汰される中、マッキントッシュの2000年問題コマーシャルにHAL9000が使われたりして、なんだか不思議な数ヶ月間でした。

 こんな所ですが、何かのお役に立てれば幸いです。調査中に情報を寄せてくれた友人知人も、この歌の正体がとても気になり始めたそうで、結果報告を要請されていますので、本日のLIVEレポートも兼ねて、知らせたいと思っています。


 簡潔にまとめられているが、何と面白い示唆に満ちている事か!
SHOKOさん、その他情報を寄せてくれただろう彼女のお友達に、心からお礼申し上げたい。
同封してあった「Daisy Bell」の譜面をもとにピアノを弾いて歌ってみた。
とても可憐で美しい小歌曲だ。

 それにしても、何年も前の、本当にひょんなきっかけから生まれた私の小さな疑問が幾つかの作品を産み、その作品を通じてようやく今、何人もの人の手によってかつての疑問が解き明かされる機会を得た事を思うと、今更ながらどうにも不思議な気分にさせられてしまうのだ。

(了) -1999.11.4-