1.蒼イ、ソノマタ蒼イ夜ノコト
この物語りのメインテーマです。
実はこの曲、『ル−ンムーン』のために書き下ろしたものではなく、もともとは私が音楽を担当した『ガラスの動物園』(テネシー・ウィリアムズ作)というお芝居の劇中曲が下敷きになっています。
2003年の秋、公演を見に来てくれた『ル−ンムーン』のプロデューサーと音楽ディレクターがこの曲をとても気に入って、「ル−ンムーンのイメージにぴったり。ぜひサウンドトラックとして録音したい」と申し出てくれたのでした。
演劇のために書いた音楽というものは、そのお芝居のCD化やDVD化が実現しない場合(つまり商業ベースにのっとった興業ではない場合)、舞台を見た観客の頭の中にのみ生き続ける、まさに泡粒のように儚く頼りないものです。劇場の中でその内包的時間を共有した人々の身体の中で残像として照らされたあとは、融けて揺らいで弾けてあっけなく蒸発してしまう、形を持たないもの。データとして固定させなければ、作者である私自身ですら、その曲を書いた記憶を自分の心につなぎ止めておけないような、そんなあやふやな領域での出来事です。
作曲家なのに、自分の書いた曲を忘れてしまうなんて、そんなおかしなことがあり得るのかと笑われてしまいそうですが、これはつまりその音楽が、音楽ではありながら、音楽のための音楽として作られたものではないからでしょう。あくまで出発点は、「演劇のための音楽」ですから。
そして、そのどうしようもない儚さに由来する魅力こそが、ここ数年私が演劇の音楽作りに携わっている理由でもあるのです。
しかし、そうして作られたこの曲をまったく別の角度から捉えて、まったく別の容れ物に飾ってみたいと考える人達の企みにより、偶然にも『ル−ンムーン』のテーマとして生まれ変わることになりました。もちろん、この曲の原形を知る『ガラスの動物園』関係者には、別作品としての商品化を快諾していただいて・・・。
舞台では私の弾くピアノのみで演奏された曲ですが、今回の録音にあたって編成を増やしています。ピアノや打ち込み以外の生楽器は、Violn×4・Viola×2・Cello×1。Voiceは私。歌詞はもちろん造語。月の力、姉妹、血族、蘇生、引力、愛、、、などなどのイメージを巡らせながらの作業でした。
2.螺旋ノ痕跡
「月ノ魚」の発展形です。
ディレクターサイドからの発注イメージは「狂気」でしたが、仕上がりは少し違う趣きに。ややアップテンポの曲ですから、狂気を宿らせるよりは「疾走感」とか「バイオレンス」の方がしっくりきますね。
こちらも下敷きとなった曲は「月ノ魚」と同じく、『秘密の花園』のための劇中曲。主人公の首吊り自殺未遂のシーンに向けて書いた曲がモチーフになっています。
ドラムに、濱田尚哉さんをお迎えしての録音。
3.Bird Song
デモテープを作ってはみんなで検討しつつ、サウンドトラックに収録する予定曲もそろそろ出揃いかけ、みんなの頭の中に茫洋としたアルバムの想像的全体図が形を成してきた頃、「1曲だけ、ただただひたすらに暗〜い曲があってもよいのではないか」という意見が制作サイドから提示され、ならばと書いた曲です。
通常、「鳥」は人間が求めてやまない場所、つまり「楽園」を暗に示す象徴となることがあります。が、この曲の背後に広がる鳥達の棲む世界は、楽園のようでもあり、廃虚のようでもある。その「場」のもつ時間軸から何かが永遠に失われてしまったかのような、奇妙なねじれを感じていただけたら幸いです。
4.月ノ魚
「蒼イ、ソノマタ蒼イ夜ノコト」と同様、この曲もお芝居のための曲を発展させたものです。戯曲名は「秘密の花園」。この戯曲の作者は、唐十郎さん。黄昏、洪水、倒錯、欲望、愛情にさらされる、とある場末の街の物語りです。
さて、「月ノ魚」。
ルーンムーンは御存知のとおり、「月」を重要なモチーフとしています。
作曲者である私に与えられた曲の発注イメージは、「Dark Side of the Moon」。つまり地球からは決して見ることのできない、月の裏側、隠された部分。ディレクター氏の趣味が色濃いイメージタイトル、あえて書くまでもないでしょうが、同名のピンク・フロイドの名盤に端を発しているわけです。
そういえば、このルーンムーンの録音チームは全員が揃ってプログレ好き。「プログレ」・・・。私にとって依然として明るくない分野ではありますが、肌馴染みは良いですね。
しかしながら、ここは極めてロマチシズムに浸った曲作りに。
作業をすすめるうちに、少しずつ妄想モードに突入。
見渡す限りの燃えるような夕焼け。闇との黙約。陰と陽。蘇生。手の平にくねる幼い魚。・・・楽曲を展開させる間中、何時とはなしに、それらが私の心を満たしておりました。
この曲では、生楽器は一切登場せず。16小節のモチーフが少しずつ色合いを変えながら繰り返されます。
5.ヤワラカナ背骨ダキシメル言葉
「姉妹愛をテーマにした曲を作ってください」
という発注でしたが、果たしてその辺り、うまく表現出来ているでしょうか。
姉妹愛と言われたとき、おそらく発注サイドの思惑とは一致しないだろうあるイメージが私の中に広がります。
血族である姉妹。当然いろんな面で似ているわけですが、それに反してお互いをあえて異種として認識しようとする意識の興味深さ。愛の一種ではあるのだけれども、ひんやりとしていて、触れるような触れないような、ある「約束」を暗黙に交わす相手。とてもコントロールの難しい距離感を保ちあう相似形。わかりやすい「愛」の形からは少し遠ざかった色々なイメージ。
血の繋がった者同士ならば、絆は時間を超えて存在します。二人が産み落とされるよりずっと前から、母親の胎内に宿る何十年も前から、きっと二人の物語は始まっているのでしょう。
そして、もしも双児ならこの世に産まれ出てくる前、母親の肉体という結界に守られながら、まだ胎児の二人はこんな風にお互いを慈しむのではないか・・・などと考えながらの作曲作業でした。
6.虹
オープニングテーマ曲です。
作曲者への最初の発注は、「アニメのオープニングに相応しくないダークな曲を」というあまりに漠然としたものでしたが、いろいろとお話を伺っていくうちにふと閃く瞬間があり、「わかりました」と素直に納得し、さくさくと書いた曲です。歌詞もほぼ同時進行。
歌い手さんは、野川さくらさん。声優さんとしてキャリアを積んでこられ、歌手としても活動されています。
この「虹」、彼女が普段歌っている可愛くはつらつとしたアニメソングとは一線を画す世界ですが、これも制作サイドの意向。野川嬢は実際お会いすると、えも言われぬフェロモンを醸し出す成熟した女性でもあるわけで、こういう雰囲気の曲はとても似合っていると思います。
歌入れのときには、膨らみのある、豊かな倍音をたっぷり含んだ歌声に驚嘆。
肝心の内容ですが、一見して男女の恋の歌の様相。もちろんそう解釈していただいてもよいのです。が、作者としては、この「あなた」を女性と想定して展開させています。いえ、むしろ、男でも女でも、どちらでもよいのです。出会うべき「誰か」。ひょっとすると「此岸」の人ではないのかもしれない。同じ時間軸を生きている人ではないのかもしれない。
・・・ぐらいのアバウトさで、どうかお楽しみください。
ドラムは濱田尚哉さん。ギターは坂東次郎さん。ベースは鈴木博文氏。オルガンは私です。
7.Moon River
「月にちなむ楽曲のカヴァーでエンディングを飾りたい」との制作サイドの希望により、ややベタな選択ではありますが、「Moon River」となったわけなのです。
ヘンリー・マンシーニ作曲。名曲中の名曲。どう転んでも、この曲を「知らない」人はまずいないでしょう。ゆえに、日本語詞やアレンジのバランスがとても重要になってきます。
歌い手さんは、柏木弘美さん。ルーンムーンに出演されている声優さんです。楽曲が決定する前から彼女がエンディングを歌うことは決定済み。よって柏木さんのキャラクターに導かれて歌詞を書き、アレンジを施したと言っても過言ではないのです。
脱力系にして非常に前向きな、メゲない性格。彼女の第一印象は、なかなかにインパクトのあるものでして、この時代において、ある意味、とても得難い女性かもしれない。
無邪気な歌声が、まるで声変わり前の男の子のよう。
間奏部分では、私のインド風味なコーラスを入れてみました。
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